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運動会ハッカソン初体験レポート!「共創+やってみる」ことの気づき

吉見 紫彩

この度、私は2018年2月3・4日の二日間に渡って開催された「未来の大阪の運動会」にデベロップレイヤーとして参加した。この運動会では、競技を作り、遊ぶ行為を「デベロップレイ」(develop +play)と呼び、それを行う人を「デベロップレイヤー」と呼ぶ。
私のデベロップレイの体験と気づきを、下記の3つの観点から共有したい。

 

①「共創」と「やってみる」

未来の運動会は、競技(作品)をデベロップレイヤー達の頭と体を通過して成長させる、「共創」と「やってみる」を2日間で体感できるプログラムだと感じた。

1日目―オリエンテーションと使用可能なツールの紹介・説明がされ、シンキングタイムを兼ねた昼休憩を挟み、アイデア出し、投票、チーム編成があった後、デベロップレイが開始される。

その際強調されていたのが「共創」と「やってみる」という言葉である。
その言葉の通り、アイデアのオリジナリティは問われず、他人のアイデアを見て自分のアイデアを広げることが推奨され、共創が目的のため、その時点のアイデアの完成度は低くても構わない。必ず実際にやってみないと見えない課題や認識の不一致、面白みがあり、頭の中のアイデアを身体に出力・共有することも重要である。このあたりはリーン・スタートアップの概念に通じるものを感じた。

例えば、私の所属したチームでは「エア綱引き」という競技を考案したが、チームメンバーは発案者が誰か知らないし、話題となることもなかった。
また、当初の案には綱は存在せず、選手全員がエアで目に見えない綱を引くというものであった。しかし、実際にプレイしてみると、楽しく遊戯・演技性は高いが、勝敗の決着や得点化が難しく、競技性に乏しい。それでは、選手の一人だけがエアというのはどうか?と案に案が重なり、どんどん展開していった。競技人数や得点、ルール等、諸条件を変更して「やってみる」を繰り返し、綱引きのパントマイム(100%遊戯・演技)と通常の綱引き(100%競技)の間の最も盛り上がる濃度を探り、最終のルールに着地させた。

意外にも、グループワークショップに必要と思われがちな企画力や統率力は、デベロップレイにおいてはそれほど必要でないことにも気が付いた。チームリーダーは存在するが、あくまでも運営側とチームとの情報伝達係であり、チーム内の役割分担も各チームの自治に委ねられる。メンバーに役割を振っているチームや自然と役割が固定されたチーム、特に役割は固定せず、各自が臨機応変に今必要そうなことをするチーム等、様々であった。

2日目―約40名のデベロップレイヤーの発案・試行錯誤により完成された競技を、約160名の参加者とともに開催する。

運動会が進行する中で、参謀やスパイが生まれ、戦術や戦略が編み出された。策士、策に溺れ、あと一歩のところで惜敗するドラマや、子供たちが必勝法を度外視した予想外の働きをすることで、ルールのパラドクスが浮き彫りになる事態にまで発展。この2日間の競技の変容は非常にダイナミックであった。

以前、キュレーターで小説家の胡昉(フー・ファン)氏の講演※1で、協働制作において、参加者全員が目的に集中すると、個は消滅するという旨のお話を拝聴した。この運動会でも「共創」という言葉に表れているように、デベロップレイに作者のオリジナリティや実質上のリーダーは存在せず、全員が「やってみる」ことに集中していた。

 

② スポーツの起源と境界

私が初めて「未来の運動会」と聞いたときにイメージに浮かんだのは、ARやVRを駆使して身体と時空間が拡張されるようなeスポーツであった。今回の運動会では、そのような最新技術を駆使した競技が実現することはなかったが、反対にスポーツの起源に立ち返り、その境界を探るに至った。

前述の「エア綱引き」の最終ルールは、4人vs4人の綱引きの中に、各チーム一人だけサボりと呼ばれるエアで綱引きをしている選手が隠れており、綱引きをしながら相手チームのエア選手を探し出し、先に相手チームのエア選手を言い当てたチームが勝利。エア選手を言い当てる回答権は綱引き自体に勝ったチームが獲得する、というものだ。

綱を引く選手同士ではエア選手を見抜くのが困難である一方、傍から眺めている観客には誰がエア選手か容易にわかるという現象が起こり、なかなか面白い。他の参加者と話していて気づかされたのだが、「エア綱引き」では観客の視点が、綱引きの戦局を見守るマクロ視点と、どの選手がエアなのかと選手の手元を注視するミクロ視点を行き来する。まるで、舞台鑑賞時に芝居全体の展開と役者個々の演技を見ているようだ。

スポーツは、演技同様「play」という動詞で表現される。また、トラックやコートは、単なるフィールドではなく、古来よりステージの役割を果たしてきた。古代ローマの劇場と競技場の構造は非常に類似しているし、奉納行事として始まった相撲における土俵も典型的なステージのように思う。私はスポーツや演劇の歴史に詳しくないが、「エア綱引き」は競技の中に演技を切り貼りすることで、図らずもスポーツの起源に思いを馳せる競技となった。

また、「エア綱引き」はスポーツの境界についても問う競技となった。私は学生時代に俳優で演出・劇作家の長谷川寧(はせがわ・ねい)氏の講義を受けた経験があるのだが、その中で同氏の振付されたフジファブリックの『夜明けのBEAT』※2のMVを題材に、舞踊とその他の行為の境界はどこか、という問題提起があった。このMVに出演する森山未來氏は「踊っている」とも「走っている」とも見ることができる。競技者と演技者が協働している「エア綱引き」についても、同様の問い「これは競技か、演技か」が可能だろう。

 

③ 「未来の大阪」のリアリティ

最後に、「未来の大阪の運動会」というイベントタイトルを改めて読み直してみたい。

「未来の大阪」と言えば、カジノ構想やうめきた地区開発、2025年の万博誘致、中之島4丁目の医療拠点化構想、吹田の健都、リニア開通。スポーツ関連では、2019年のラグビーワールドカップや2021年の関西ワールドマスターズゲームズ大会が思い浮かぶ。更なる交通網の発達や観光都市化の進展により、大阪・梅田内外の人口流動・交流が一層活発となることが予想できる。しかし、そんな「未来の大阪」は文字上の姿で、一体それがどんな様子なのか、リアリティをもって想像することは難しい。

驚いたことに、私は「未来の大阪の運動会」を通して、梅田の内外・新旧が交わる「未来の大阪」の様子を予感することができた。
この運動会に集まったデベロップレイヤーは、梅田の住民や梅田の大学・会社に通う「梅田の人」に交ざって、北海道・山形・茨城・東京・愛媛等、はるばる遠方から来阪された方も多く参加していた。この梅田の内部と外部の交わりに加え、私が最も未来感を感じたのはこの運動会の景色である。体育館と万国旗、運動会おなじみのBGM、はためく手作りの応援旗、応援合戦、選手宣誓…昔も今も変わらない画一的な運動会の風景。それと対照的に、都市のど真ん中で昨日生まれたばかりのスポーツを多種多様なプレイヤーが楽しむ光景。

この都市の内外と文化の新旧という異質な要素が混在・並存し、新しいものが共創され、遊ばれるという景色が、スポーツだけでなく学業や商業等、梅田の至るところで起きる。そのような様子をリアルに想像することができた。「未来の大阪の運動会」の光景が、梅田の日常の光景になる日は近いと実感をもって言える。

以上、私の体感した「未来の大阪の運動会」を、「共創とやってみる」、「スポーツの起源と境界」、「未来の大阪のリアリティ」という3つの観点から共有させていただいた。多くの体験と気づきを与えてくださった、主催者、関係者、参加者、スポンサーの皆様に心から感謝するとともに、ここに御礼申し上げたい。本当にありがとうございました。

 


 表彰式記録写真:北区長賞受賞「エア綱引き」(左:吉見紫彩 右:上野信子 大阪市北区区長)

※1 2017年11月11日開催東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデ
ュース専攻主催特別講演会(ご参考:http://ga.geidai.ac.jp/indepth/hufang-tanaka/
※2 フジファブリック『夜明けのBEAT』MV(ご参考:https://www.youtube.com/watch?v=3cupbrwhNp0

以上

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